「死にたい」と打ち明けられた時、私たちは何をすべきか。
2026/03/31
私たちが暮らしているこの日本では年間約2万人の人々が自殺によって亡くなっている。特に若年層(小中高)の自殺数は年々増えており、至急対策が必要とされている。厚生労働省の発表によると、2025年の小中高生の自殺者数は532人と統計史上最多となった。
勘違いされやすいが、自殺したいという気持ちは瞬間的に現れるというよりも、心の消耗が積み重なった結果として現れるというケースの方が多い。つまり、これだけの自殺者の数以上に、助けを求める声がある。にもかかわらず、支援する側の人員が全く足りていないというのが現状だ。
それでは私たち一般人が、友人や恋人などに「死にたい」と打ち明けられた時、どのような態度でいれば良いだろうか。
本稿では、この一冊の書籍『「死にたい」と言われたら 自殺の心理学』(末木新、ちくまプリマー新書、2023年)を手がかりに考察する。
本書は自殺が発生してしまう背景や「死にたい」と打ち明けられた側の対応を論じている。傾聴や共感といった技法そのものよりも、当事者との対人関係の維持に努めることを主張している。では、対人関係を維持するとはどういうことだろうか。
著者はトーマス・ジョイナーの「自殺の対人関係論」を持ち出し、自殺の危険因子が3つあると説く。トーマス・ジョイナーは1965年生まれのアメリカの臨床心理学者で、自殺の心理的メカニズムを提唱したことで有名だ。 日本だと『男はなぜ孤独死するのか 男たちの成功の代償』(トーマス・ジョイナー、晶文社、2024年) という本で一時期話題になった。
では、彼が考え出した「自殺の対人関係論」における3つの危険因子とは何だろうか。以下の3つが挙げられる。
①自殺の実行につながる能力(過去の企図歴など)
②孤独感の強まり(所属感の低下)
③自分は負担であるという感覚(低い自尊心やスティグマ)
ひとつずつ読み解いていこう。ここで一人の女子大生を例に考えてみる。
女子大生は現在一人暮らしで学生時代に抑鬱状態に陥り、なんとなく死にたいなと何度か考えていた事があった。そんな折、仲のいい友人と些細なことで喧嘩をしてしまい、それをきっかけに孤立してしまった。そのような状況下で彼女は次第に自分には価値がないのではないか、このまま独りならいっそう死んだ方がマシではないか、と考えているとする。
このケースをトーマス・ジョイナーの理論に基づいて3つの条件に当てはめてみよう。
①過去に抑鬱状態になったことがあり、かつ漠然とした希死念慮を持っていながら一人暮らしで、何かあった時即座に誰かが駆けつける環境にないこと
②友人との喧嘩により、孤立してしまったこと
③孤立の結果、客観的に自己を顧みることが困難になり、自分は無価値といった感覚に囚われてしまい、極端に自尊心が低くなっている。
このような3つの条件が重なった時、人は自殺という行為に走ってしまうというのがジョイナーの「自殺の対人関係論」だ。
このような状況の人が周囲にいた時、私たちは何ができるだろうか。
まず、①の環境を改善する。例えば、彼女を物理的に一人にさせないことで、万が一自殺を図るような事があれば止めることができる。当たり前のようだが、物理的に自殺行為へのハードルを上げるというのは、結果的に心理的ハードルも上げることに繋がる。つまり、自殺を止められるということのみならず、自殺企図の予防という効果もあるのだ。例えば、都会の駅のホームではドアが設置されていることが多くなったが、ドアの普及によって飛び込み自殺の件数が減ったというデータもある。これは、ドアによって物理的に飛び込めなくなったからというより、ドアの設置によって心理的に飛び込み自殺を行うハードルが上がったとも考えられるだろう。また抑鬱状態を経験しているのであれば、精神科への受診を支援するというのも有効な策だろう。専門家に頼るというのも必要な自殺予防だ。
次に②についてだが、喧嘩を解決すればこの問題も終わり、と考える人もいるだろう。しかし、表層的な解決は、関係性にも心にもモヤモヤが残るだろう。ここで傾聴や共感といった手法を用いた解決策が出てくる。
自殺予防に関する本では傾聴や共感が重視されることが多いが、末木先生はそれらを単なる技法としてではなく、関係性を維持・回復するための「手段」として位置づけている。一方で、その実践にはいくつかの問題点がある。
まず傾聴は、一般の人々にとって容易に実践できるものではない。傾聴は単に話を聴く行為ではなく、一定の訓練を要する実践だ。傾聴の難しさの一つに、相手の話に過度に巻き込まれないようにすることが挙げられる。傾聴を行うためには、行う側の心が相手の感情に引っ張られないようにするための自己調整の訓練が必要だ。
また、共感の中でも沈黙の共有という手法は経験や知識があっても難しい。人は沈黙を破りたくなるものだ。長い沈黙に耐えるだけでなく、相手の次の言葉が出てくるのを待つというのは思った以上に容易ではない。それでも自殺予防の対策として、傾聴や共感の手法を身につけることが必要となってくるだろう。
特に、「死にたい」という言葉を前にした場面では、話題を逸らしたいという心理や、何か助言を与えなければならないという焦りが生じやすい。理論通りの対応を行うことは容易ではない。
①と②を解決して初めて③へのアプローチが可能となる。異常に低い自尊心などは認知療法を行なったり、決して焦らず身につけていくものである。
自殺予防で必要なことは決して焦らないことだ。段階を踏み、土台を作ってから希死念慮という気持ちと戦える。
死にたいと吐露した人を目の前にすると、大半の人が返答に困り安易な言葉をかけてしまうことだろう。そして相手の自己肯定感を高めるような行動に至ってしまうことは想像に難くない。そうした行動を一旦後回しにし、まずは相手の環境を整えることから始めてみてほしい。大量の薬や危険物を所持していないか、同居人の有無、連絡手段の確保など、とにかく物理的に自殺できない環境を作ることが優先だ。その次に傾聴や共感といった手段に出る。自殺を考えることになった胸中を言語化してもらい、それに耳を傾けたり、文字通り言葉にならない苦しみに耐えている沈黙の時間を共有するなどして相手の心をほぐしていく。
これらの土台を固めてから相手の自尊心を高めることや、歪んだ認知を矯正する作業に入ることができる。ここまで行うには長い時間が必要だ。慌てずに少しずつ積み重ねていくことが自殺予防の最短ルートだ。
本書でも示す通り、自殺企図者は信頼した相手にその気持ちを打ち明けている。そのとき、打ち明けられた側がどのような態度をとるべきかが重要となる。急がば回れというが、決して焦らず、一つずつ問題を解決する事が早道だったりする。
なお、自身が「死にたい」という気持ちを抱えた場合には、一人で抱え込まず、信頼できる人や専門の相談機関に繋がることが重要だ。
自殺という複雑な問題が広く存在する現代社会において、正しい自殺予防の知識に理解を示すことが一人の命を救うことに繋がる。理論的に自殺について理解したからといって、現場で活かせることができるとは限らない。死を考えるほど深い絶望に陥った人は長い年月をかけて、その心のわだかまりを解かなければ、本当の意味で解決したとは言えないだろう。それでも少しでもこうした知識を身につけることで、救いの糸口となればと願わずにはいられない。