歴史初学者のための「歴史系ゆっくり解説」入門
2026/04/04
⚠️おすすめのチャンネルは、記事後半で3つ紹介しています。それだけ知りたい方は、無駄に長い前置きは読み飛ばしてください。
先日、「(歴史初学者は)YouTubeで歴史を学ぶな、山川の教科書を読め」という趣旨のツイートがバズり、話題になっていた。
賛否両論ではあったが、おおむねインテリ層には賛意を示す反応が多かったように思う。しかし、その反応には「どうせYouTubeの動画なんて、低レベルで誤情報だらけなんでしょ?」という偏見も含まれているのだろう。確かに、そういうチャンネルも多い。だが、長年ゆっくり解説界隈をウォッチしている、歴史学士の私からすれば、それは短絡的な発想だと批判せざるをえない。
今、歴史系ゆっくり解説は凄まじい隆盛と高度化を遂げている。はっきり言って、山川の教科書よりもはるかに深い解説と豊かな政治性を持つコンテンツも多い。教科書の記述は、時間をかけて定着した学説に基づくため信頼性は高いが、新説の反映が遅く、古くなりがちだ。一方で、最新の学説を反映するスピードは、ゆっくり解説の方が早いこともある。先日、大学で歴史学を教える知人から、「アカデミアでポストを得るよりも、歴史系ゆっくり解説者として成功した方が年収が高いので、匿名でYouTube投稿に力を入れるポスドク勢もいる」と聞いた。歴史研究で簡単に飯が食える時代でもない。研究者出身の投稿者もかなり多いと思われる。
そのような良質な動画であれば、下手に本を買うよりも、歴史初学者の入り口としては優れていることもあるだろう。別に教科書での学習を否定したいわけではないが、教科書はあくまで教師の授業を前提とした教材であり、単体で読むための読み物ではない。歴史初学者、特に学生時代に歴史が苦手だった大人の学習に、必ずしも最適だとは思わないということだ。一方現在のネットコンテンツはバカにならない。テレビ局が大金をかけて制作している歴史番組ですら、すでに情報量や学習性においてはYouTubeに負けている場合も多いと思っている。
言うまでもなく、書籍で歴史を学ぶのが王道だ。ただ、歴史初学者がどこから歴史を学ぶべきか、という問いに対しては、まずはYouTubeなどで歴史を気楽に知り、より深く知りたいと思ったテーマについては、大型書店の新書コーナーなどで本を探す、という流れが最適だと考えている。また、YouTube動画の参考文献欄に挙がっている書籍を買ってみるのもよいだろう。動画内で書籍がレコメンドされることも多い。
追加で断っておくと、そりゃあ良質で硬派な書籍を用いて歴史を勉強するに越したことはない。しかし、歴史を学ぶ習慣がない人、苦手意識がある人に、そのようなレコメンドをすることに何の意味があるだろうか。楽しくないと頭に入らないし、自主的に勉強する人は、言われなくても本を読んでいるだろう。例えば私が、苦手科目だった生物系の勉強をしようと考えた時、いきなり硬い教科書的な本を読むのは苦痛である。自分が苦手なジャンルを学びたい時に、いきなり教科書を読めるのなら、そもそも不得意にはならないのである。誰もが苦もなく全科目の教科書をそらんじることができるなら、国民全員が東大に合格するだろう。
しかし、ではどの動画を見ればいいのか、良質かどうかをどう判断しろというのか、という話になるだろう。実際、俗説だらけのチャンネルや歴史修正主義的なチャンネル、ビジネス目的の低品質なチャンネルが跋扈しているのも事実だ(しかし残念ながら、それはネトウヨ歴史本が平積みされる街の本屋でも同じことだ)。
そこで今回は、筆者が勝手に選んだおすすめの歴史系ゆっくり解説チャンネルを3つ紹介させてもらう。
なお、初学者だけでなく、歴史に詳しい方でも面白く見られるであろう、歴史リテラシーの多寡を問わず楽しめるチャンネルを厳選した。
具体的には、
・歴史やYouTube解説動画に苦手意識がある人向けのチャンネル(1、歴史雑記ヒストリカ)
・今起きているニュースや社会問題の背景を知りたい、もしくは歴史を網羅的に学びたい人向けのチャンネル(2、俺の世界史チャンネル)
・「THEゆっくり解説」というべきニコニコ動画的なノリや、ダークな知的好奇心を満たす古のインターネットノリが残る、若い投稿者によるチャンネル(3、最強のメラ)
をそれぞれ紹介していく。
1、歴史雑記ヒストリカ
最初にこのチャンネルを挙げた理由は、敷居の低さと動画の質を両立させることにおいて、トップクラスのチャンネルと言えるからだ。
ここでいう「敷居の低さ」には三点ある。
① 要求される歴史知識が少ない
当たり前だが、歴史解説動画の大半は「歴史好き」向けに作られている。そのため、もともと教科書レベルの歴史知識がないと、何を言っているのか理解しにくい動画が多い。
その点、このチャンネルは「砂糖の世界史」や「ガラスの世界史」といった、身近なものを取り上げたテーマ史の解説が多い。そのため、教科書的な「何年に〇〇戦争が起きた」といった知識がなくても、楽しく深い理解ができる。
② 「ゆっくり解説」感が少ない
そもそも、ゆっくり解説そのものに抵抗感がある人もいるだろう。しかし、このチャンネルでは東方キャラではなく、クレオパトラとマリー・アントワネットが、微笑ましいやり取りをしながら解説を繰り広げる。また、音声も比較的機械感の少ないゆっくり音声を使用しており、「ゆっくり解説ってなんか気持ち悪い」と考えている人でも視聴しやすいように配慮されている。
③ 歴史オタク感が少なく、女性の視聴者が多い
歴史コンテンツは、歴史オタクが歴史オタク向けに作ることが多くなってしまう。そのため、どうしても「オタクの内輪ノリ」感が出てしまったり、「悲惨な歴史を繰り返すべきではない」という気持ちが前に出すぎて、説教臭くなったりすることが多い。そして、歴史オタクというのは伝統的に男性が多いため、何かとオッサン臭いノリも出てしまいがちだ。
その点、上で挙げたような特徴があるこのチャンネルは、雄々しいオタク感が少なく、チャンネルの(主に)女性視聴者がファンアートを作って投稿するコーナーまでできている。これは、男性偏重になりがちな歴史オタク文化の中でも特筆すべきことであり、歴史コンテンツの間口を広げていると言えるだろう。
以上の三点は、まさに最初にすすめるチャンネルにふさわしい。
オススメ動画 「世界を変えたバケモン作物・とうもろこしの歴史」
2、俺の世界史ch
このチャンネルのことを私は密かに「上級者向けWikipedia」と呼んでいる。日本語で見られるあらゆるコンテンツの中でも、トップクラスに幅広い歴史的事象を網羅しているだろう。人物でも事件でも、気になることや理解が不十分なこと、学び直したいと思うテーマがあれば、まずはこのチャンネル内で検索して動画を見ておくと手っ取り早い。
その網羅性はインターネット上における「歴史の辞書」としての機能を備えつつある。用語集のようなものはあるが、歴史というテーマには、従来、普及した辞書と呼べる存在がほとんどなかった。強いて言うなら、WEBサイトの「世界史の窓」かWikipediaあたりだろう。しかし、このチャンネルの解説は、それらと比べものにならないほど情報量が多く、解説も深い。そういった意味で、このチャンネルは一般人が歴史を調べるためのプラットフォームとして、新時代を切り拓きつつあると言っていいだろう。
また、このチャンネルの近現代史観は「徹底的な反英米主義」の立場に立っている。アメリカやイギリスをはじめ、現在は先進国と呼ばれる国々が行った欺瞞や暴虐の数々を強調し、今の世界で起きているさまざまな社会問題の元凶であったことを詳らかにする解説が多い。
マスメディアの大半が、大国への批判的眼差しを向けることを半ば放棄するようになって久しい。そのような中で、歴史的事実を並べながら大国批判を行い、人気を集めるこのチャンネルは、今の日本において、どんなジャーナリストや活動家、メディアよりも反米意識を高めているかもしれない。歴史の勉強というよりも、今起きている戦争や貧困の背景を知るための教材として利用することをおすすめしたい。
ただし、動画を見るにあたって要求される前提知識も多いため、馴染みのない時代や地域の動画ではなく、自分がある程度知っているジャンルのテーマや、現代史の動画から入ることをおすすめする。
というと、そういう時は新書の方が適しているのでは、と思われるかもしれない。実際、時間と知的体力に余裕があるなら、その方がよいだろう。しかし、このチャンネルは利便性の面において、以下の点で新書に優っている(内容面はケースバイケースなので、ここでは棚上げにする)。
・音声だけでも聞けるので、移動時間に最適である(目で動画を追わなくてもよい構成になっている)
・網羅性が高いので、自分にとって知りたいポイントだけを、都合のよい長さの動画で視聴できる
・関連事項の解説動画も充実しているので、自分の足りない前提知識があれば関連動画から学習をしてから、元々見ていた動画に戻るという、Wikipediaを巡回するような試聴体験ができる。動画内でも関連動画のガイドが逐一入る。
冒頭でも書いた通り、良質な本が読めるならその方がいいとは思う。ただし、忙しい日々の生活の中に、歴史学習を新しい習慣として取り入れたいなら、これらの利便性は無視できないものだろう。
おすすめ動画は、イラン史の動画群だ。今起きている戦争の背景を知るのに、これほどよい動画はないだろう。余裕がある人は1時間42分あるが、イラン史総集編をぜひ。
イランの現代史
イラン史総集編
3、最強のメラ
上記二つとは違い、「THEゆっくり解説」とでも言うべきなのが「最強のメラ」だ。支離滅裂なユーモアが展開される導入、ダークな知的好奇心を満たす古のインターネットノリ。そうした空気感が残る、若い投稿者によるチャンネルである。動画内の言及などから、高校時代頃から投稿を始めていると思われ、先日は投稿10周年を迎えている。
ゆっくり解説は、本来ニコニコ動画の文化だった。まだニコニコ動画全盛期が終わる前の2010年に始まり、メディアでは流れないニッチな知識を多くの若者に伝えたのが、ゆっくり解説というジャンルである。今ではYouTubeでチャンネルの売買すら行われるようになったが、初期のゆっくり解説は、誰も収益など求めず、ただただ創作欲求と、アクセスしづらい知識を広く伝えたいという社会貢献意識から作られていた。
そんな時代の系譜を継ぐのが、ニコニコ動画を主戦場とし続けている「最強のメラ」氏である。彼のチャンネルは、「黒歴史上人物シリーズ」など、ダークなテーマをユーモラスに解説するスタイルの動画が多い。そのため、思春期の頃に未解決事件を調べていたとか、洒落怖スレを見ていたとか、Wikipediaを巡回していたとか、そういったインターネットで好奇心を満たす暗い青春時代を送った同志には、ぜひおすすめしたいチャンネルだ。
一方で、ただ面白いだけではなく、「現在では否定されているが、世間一般には流布してしまっている古い歴史観」をアップデートするための解説も多い。ちゃんと基礎から解説したうえで現在の学説を紹介するので、歴史初学者でも最初から最新の知識を学ぶことができる。
黒歴史上人物シリーズでは、「トルーマン」「織田信長」「西太后」「アイヒマン」「コロンブス」「スターリン」「アル・カポネ」など、現在でもフィクションの題材になったり、社会的議論の中で引用されたりすることが多い人物を取り上げることが多い。いや、そんな有名人のことなんて知ってるよ、と思って見てみると、イメージを塗り替えられることも少なくない。そのため、現在の社会や政治を論じるうえでも必要な知識が得られると言える。
また、おふざけの多い動画投稿者でありながら、正しい知識を伝えることには誠実で、とにかく動画の削除が多い。過去動画の内容に実証的な疑問点が残る面があったり、知識の伝え方として誤解を生みかねないと思ったりしたら、すぐに削除して訂正版の制作に入るからだ。視聴者としては不便だが、投稿者への信頼にはつながる。
なお、3つ目は迷った。「5回目は正直」「ゆっくりモンド」「鳥人間」など、多くの優良チャンネルを取り上げることも考えたので、それらにもぜひ注目してほしい。
おすすめの動画は、彼の最初のヒット作である「ゴッドハンド藤村新一」解説だ。考古学界を揺るがした伝説の旧石器捏造事件を深く解説する。歴史というより『世界仰天ニュース』に近いエンタメだが、考古学界の体質やマスコミ報道の問題などにも深く切り込んだ、二時間近い超大作である。
黒歴史上人物「藤村新一(ゴッドハンド)」[前編]
いや、長すぎる!!!と言われると思うので、短い動画も紹介しておく。本でも漫画でも映画でも、好きなものをおすすめする時って、つい時間のかかる作品をレコメンドしちゃいますよね。
ポルトガルの独裁者、サラザールについての動画。ポルトガルに長年君臨した「頼まれて独裁者になった男」の一生は、視聴者の独裁者観に揺さぶりをかけ、民主主義をも問い直す。
なお、この3チャンネルはあくまで「学校の歴史の授業が退屈だったが、大人になって自分のペースで歴史を楽しみたい」という人を想定して紹介している。上級者向けの歴史系ゆっくり解説も、それはそれですごいことになっている。
例えば、コア層向けのゆっくり解説者「しかかく」は、大寧寺の変(というのがあるんです。教科書にも出てきません)に関する新説を論文として発表したアメリカ人学者、トーマス・コンラン教授に対し、米ニュージャージー州まで行ってインタビューを敢行している。研究の背景や、投稿者自身が感じた論文の疑問点などをぶつけており、高度化しすぎて、もはやゆっくり解説の概念すら揺らぎつつある昨今を象徴するような内容だ。上級者向け「歴史系ゆっくり解説のススメ」も、需要がありそうなら書いてみようと思う。
【独占取材 in USA】大寧寺の変の新説を語る―トーマス・コンラン教授