2010年の女子小・中学生(オタク)が、石原都知事とチェーンメールで戦っていた知られざる歴史
2026/04/20
今日も今日とて、インターネットには誤情報や大ゲサな議論が溢れかえる。しかし、冷笑ばかりもしていられない。誰だってそのような情報や議論を「真に受けた」経験が子どもの頃にはあったはずだ。そんな無垢な時代を振り返った時に、中学1年生だった2010年に友人から回ってきたチェーンメールのことを、ふと思い出した。
あれは塾の友人たちと、カラオケの鉄人にいた時だった。ざっくり言うと、明るいオタク少女的なキャラだったH野が、「石原さんっていう都知事?の人が、アニメとかマンガをなくしちゃうんだって!メール送るね!」などと言いながらその場にいる全員に転送していたメールだ。石原都知事が銀魂やらONE PIECEやらを嫌っていて、二次元コンテンツが世界から消えるんだとか、そんな内容だったことを覚えている。
当時、かなり拡散されていたはずで、別の友人からも送られてきた記憶がある。しかし、チェーンメールなんてのはキッズケータイで子ども達がやり取りしていた閉じた世界の話だ。今さら原文なんて見つからないだろう・・・と思って調べたら、ネットの隅に一つだけ残っていた!
懐かしのYahoo!知恵袋だ。以下のリンクから全文を見てほしい。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1352143223
石原都知事関連のネタなので主に東京都限定で出回ったものだと思われるが、このチェーンメールを当時見た覚えのある私(1997年生)と同世代の方もいるのではないだろうか。特に、オタク女子的な属性の人を中心に出回っていたと思われる。しかし、当時の感覚がない人からすればチンプンカンプンな内容かもしれないので、上記のURLの原文を引用しながら解説(というかツッコミ)をし、この平成時代の政治・社会史的に重要(?)だと思われる、チェーンメールを歴史に残す一助になることを願う。
マンガ・アニメが消える?!(超長文です) ↓はチェーンメールで来た署名活動協力呼びかけの1部です。
→(超長文です)というが、当時のチェーンメールの平均値から考えても別に長くない。この程度の分量を超長文と言っていることからも、この知恵袋の投稿主も含む小中学生を中心に出回ったチェーンメールだということが察せられる。
なお、署名活動協力と書いているが、どこに何を署名をすればいいのかは最後まで明かされない。
18歳未満と見なされたキャラが登場する作品で、暴力表現(流血や喧嘩、戦争など)や不健全表現(キスやパンチラ、ちょっとした悪ふざけでやらしい声だの、下ネタ的単語を出しても規制対象です)が含まれたものはジャンルを問わず全てアウトとなり、発行禁止や処分等になります。
→めちゃくちゃ過ぎるのだが、当時の子ども達にはこれを信じてしまうほど「大人たちがアニメやマンガを潰そうとしている!」というイメージが定着していたのだ。これはオタク文化が市民権を持つどころかメインカルチャーになった中で育った10代には理解できない感覚かもしれない。というか、発行禁止はまだしも「処分等」ってなんだ?
すると、該当する物は何か…?
■暴力表現に当てはまるもの
ONE PIECE、ドラゴンボール、NARUTO、鋼の錬金術師、名探偵コナン、BLEACH、銀魂、北斗の拳、あしたのジョー、などの漫画、ガンダム、エヴァンゲリオン、もののけ姫、天空の城ラピュタ、灼眼のシャナなどのアニメ、FF(ファイナルファンタジー)、テイルズオブシリーズ等のゲーム、小説やイラストなどの作品も全て対象。
→全体的にコンテンツの対象層や年代が混ぜこぜすぎて面白い。が、オタク女子で出回ったと思われる割には、露骨に男性向けのコンテンツも含まれている。老若男女に拡散してもらうために、多様なコンテンツを列挙したのではないだろうか。このチェーンメールの作者が『あしたのジョー』を読んだとは到底思えないのだが、「大人の男の人たちにも、伝えなきゃ!」という正義感から、とりあえず知ってる古い作品を盛り込んだのだとしたら、可愛らしい子どもの頑張りという考え方もできる。父親の本棚にあったとかかもしれないけど。
■不健全表現に当てはまるもの
君に届け、NANA、僕等がいた、僕の初恋を君に捧ぐ、桜蘭高校ホスト部、海月姫、らき☆すた、涼宮ハルヒ、セーラームーン、キューティーハニー、To LOVEる、いちご100%などの漫画やアニメ、その他BLや一般的な少女マンガなども対象です。
→この文字列を見ただけで叫び声をあげるアラサー女性の姿が目に浮かぶラインナップ。とはいえ、チェーンメールというのは回ってるうちに内容がドンドン追加されていったり、改変されていったりするもの。なので、さっきの暴力表現コンテンツ一覧も含めて、メールのバージョンによって異なる作品群が並んでいるのかもしれない。
また、この条例は「音声」も対象になっているので、初音ミクや鏡音リンなどのVOCALOID、声優さんやアニメのCDも対象になります。
→どんな条例なんだよ。それにしても、2010年当時はVOCALOID最初の黄金期。「マトリョシカ」「弱虫モンブラン」「ネット廃人シュプレヒコール」「初音ミクの激唱」「ハッピーシンセサイザ」などが小中学生などに大ウケした。しかし、当時まだボカロは「クラスメイトや大人にバレてはいけない秘められた趣味」だという意識が多くのリスナーにあったからこそ、このような懸念が出てきたのだろう。今となっては考えられないようなことだが、当時のキッズたちはボカロを反社会的なコンテンツとしてコソコソ受容してたのだ。とはいえ実際、この頃のボカロの歌詞は幼稚ながら過激なエロネタのものも多かったため残当(当時の流行語)。
規制されるのは一般向けから成人向けの漫画、アニメ、ゲーム、楽曲、映画、小説、イラスト……つまり全ジャンル。
この条例が通ってしまえば「非実在青少年」(女性キャラも含まれます)と書くことで、該当するものは問答無用に一発でアウトにするよ、という意味です。
→そもそも「条例」という概念がここで初めて登場しているし、文章としてはめちゃくちゃだが、「非実在青少年」という言葉が出てきたことで、初めて何の話をしているかが確定する。
これは、2010年(平成22年)3月に提出された「都議会30号議案 青少年の健全育成に関する条例(通称:青少年健全育成条例)」に反対をしているチェーンメールだったということだ。(6月16日に都議会で否決)
これは、漫画やアニメにおける「非実在青少年」(要するに二次元キャラ)の表現規制を盛り込んだ条例で、当時の石原慎太郎都知事が強く推し進めるも反発が大きく否決された。具体的には漫画、アニメ、ゲームなどで、18歳未満に見えるキャラクターが性的な描写、あるいは性的虐待を連想させる描写の対象となる場合、東京都が「不健全図書」として販売規制するというもの。3月の提出以降、コンテンツ業界や作家、日弁連に至るまで、「表現の自由」の侵害だと反対を表明。ネット掲示板やSNSでも反対論が大いに盛り上がり、結局否決に至る。
これが可決した場合「単純所持」も禁止される可能性があります。
ということは……
作ったらアウト。
買ってもアウト。
持っててもアウト。
→当時のネットの反対論をリアルタイムで見ていた訳ではないのだが、「このような条例を通してしまったら、いずれは何でもかんでも禁止されてしまう!」という意識がネットを中心に広がっていたのだろうと思われる。考えてみると、小中学生くらいの少年少女たちが、理不尽な条例のためにできることを本人たちなりに探した精一杯の結果が、このチェーンメールなのかもしれない。考えようによっては、なんと反骨精神と主体性に溢れた立派な子どもたちなのだろうという気もしてくる。
これではストーリー漫画やアニメは全滅、ゲームも格闘や戦争ものが駄目で、RPGも狩りや戦いがあるので暴力的なものに含まれる。ネットゲームも全滅。イラストや小説などは弾圧され、従来通りの製造販売ができなくなりコンテンツ産業は潰れてしまう。
→これで終わっては署名運動にならないだろ!という話だが、当時この条例が議論されていた頃、東京都には1日2,000通以上の抗議のメールが届き、約45000筆もの反対署名が集まったと報道されている。おそらく、このチェーンメールから危機感を持ち、自分で詳細を調べて署名や抗議に加わった小中学生も多少はいたであろう。条例は廃案になっている訳で、子どもたちが大人に気づかれないまま社会運動に参加し、勝利を掴み取ったという側面もあるのかもしれない。
それと、次の文もメールで送られてきたものに書かれてたのですが、
『この条例を否認するオタクは障害者』
と石原(?)が言ったのですか?
その発言が本当なら、
私的には、漫画やアニメがどうのこうの以前の問題で、
この人は人権を侵害していると思います。
私はアニメが好きです。
無くなるのは嫌です。
この条例を否認している私は障害者なんですね。
→こちらは、知恵袋の投稿主の追記。石原都知事が『この条例を否認するオタクは障害者』と言っているという内容は、私自身も当時見た記憶がある。ここまで行くと完全にデマだが、当時の石原都知事の言動やキャラクターと当時の空気感を考えれば、このような話が出てくるのも理解できてしまう。なお、この発言には元ネタがあるようで、石原都知事が会長を務める第28期東京都青少年問題協議会において、委員の大葉ナナコ氏が「酷い漫画の愛好者達はある障害を持っているという認識を主流化していく事は出来ないものか」(第8回での発言)と発言。この話に尾ヒレがついて石原都知事の発言ということになったと思われる。
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自分は、子どもの頃はチェーンメールで変なデマが出回ってた気がするなぁ、という記憶から思い起こして、本記事を描き始めた。しかし、原文を見ると、そこには2010年当時の少年少女が、分別がつかないなりに、自分の力で社会のために戦おうとしていた形跡が見受けられる。子どもがネットのデマに踊らせれ、過剰な心配で暴走したと否定するのは容易い。また、こういったネット世論の暴走を甘やかした結果が今の陰謀論や誤情報が政治を歪める時代を作った側面もあるだろう。しかし、あの時、カラオケの鉄人の一室で義憤にかられ、社会を動かそうとしていたH野のやっていたことは、極めて純粋な「社会運動」だったのではないだろうか。しかも、大人の知らないところで、勝手に行われていた権力への反抗という意味では、「ぼくらの七日間戦争」的な理想的な子どもの社会運動だ、というと流石に大袈裟だろうか?
少なくとも、ネットのデマに踊らされた子どもの頃の話などと、冷めた態度で昔話にする気にはなれないのだ。