若手ライターT君奮闘記
2024/10/26
『Grassroots』の門を叩いて早半年。その間、ありがたくもコラムを執筆させていただいて、おこがましくも記事の編集をさせていただいた。「とにかく書いて書いて書きまくれ! 何事も経験。量稽古をやっていれば必ず書けるようになる」という師匠の愛の鞭で何とか記事を書き続けている。
ところがそんなある日のこと。「そろそろルポを書けるようにならないとな。よし沖縄だ。沖縄をテーマに取材してこい!」と鬼のような指令が。初めてのルポ…。しかも、いろいろな動きが目まぐるしく、基地問題など繊細な問題を抱えている沖縄の取材なんて…。「無理です」という言葉が喉から出そうになったのを、「簡単なものから始めたらダメだ! 何の勉強にもならん」と押し返され、飲み込んでしまった。そうして初めてのルポを書くことになった私は、沖縄をテーマにした集会に足を運んだのだった。そこには、今までに経験したことのない野次と怒号、そしてつかの間の静寂があった。
「防衛省は、墓あらしだ!」。7月12日、衆議院議員会館。辺野古新基地に反対する団体による防衛省を相手取った政府交渉の場だ。政府は、辺野古の新基地工事のため、戦没者の遺骨が眠る沖縄島南部から土砂を採取する計画だ。戦争で親族をなくした男性は、「沖縄本島南部には、いまだ多くの戦争被害者の遺骨が眠っている。私たち遺族にとって、その土砂を採取されるのは、墓を壊され、墓荒らしをされることだ」と涙ながらに訴える。
しかし、「敵」もさるもの。国の役人はこうした場面で決して隙を見せない。感情で動かされるお役人たちではないようだ。冒頭の発言に始まり、交渉がエスカレートしていく。質問は、つい先月(6月)に起きた名護市安和桟橋での事故におよぶ。辺野古の工事に使われる土砂を運搬するダンプトラックが、抗議中の女性市民と警備員を轢いてしまい、両人を死傷させる事故が起きてしまったのだ。遺骨問題とは別に、緊急に準備された質問だ。著名な活動家である北上田毅さんが防衛省職員を問いただしていく。
Q「安和桟橋からの土砂の搬送作業について、どういった安全対策を講じていたのですか?」
A「詳細については、沖縄防衛局において確認中です」
Q「なぜ安和桟橋で今回のような事故が発生したのですか?」
A「詳細については、沖縄防衛局において確認中のため、これ以上については回答することが難しいかと思います」
Q「ではダンプの運転手にどういった安全指導をしていたのですか?」
A「(2秒ほどの沈黙の後)法令順守を徹底するよう指導しています。」
Q「事実確認をしたいのですが、安和桟橋での抗議活動を始めて5年半の取り組みのなかで、ダンプの出方について、一定の暗黙のルールがあったことは把握していますか?」
A「繰り返しになりますが、我々は安全確保に向けて、必要な車両誘導等を行ってきました。」
会場からは、「繰り返さないでいい、聞いていることに答えてください」「ルールを知っていますか? と聞いているの!」などと野次が飛ぶ。その後も、のらりくらりとはぐらかす職員の応答に、さすがに参加者のいらだちも募る。「質問に答えていないぞ!」「開き直るのか!」といった野次が乱れ飛ぶ。物々しい雰囲気になってきた。
北上田さんが、続けて、「防衛局は、事業発注者として、安和桟橋の事故で亡くなった警備員さんのお宅に弔問に伺い、謝罪したのですか? なぜ、怪我をした女性の謝罪とかお見舞いとかに来ていないのですか?」と問いかけ。ところが、この質問に対しても、「今後、事故の状況等踏まえて、適切に対応してまいります」と繰り返す職員。会場内には呆れた笑いとともに怒号が飛び交った。
と、そのときだ。突如、防衛省職員が涙を流したのだ。会場からの野次に耐えられなくなったのか、それとも職員の良心が傷んだのか。どちらにしても質問に対して血の通っていない回答をしてきた職員が初めて人間らしい姿を現した場面だった。会場は一瞬静寂に包まれた。
交渉をリードした北上田さんは、「私はこれまで、何度も防衛省との交渉に参加してきたが、涙を流した職員はあなただけだ」と述べた。続けて、「あなたが涙を流しているように、私たちも安和桟橋の事故で仲間が被害に遭ったとき、いっぱい泣いた。そのことを分かってほしい」と訴えた。
師匠から言われて取材した沖縄集会。正直、参加してよかったと思う。これまで何度か省庁交渉の場に足を運んだことがあったが、職員が涙する場面は初めて見た。冒頭「お役人」などと小馬鹿にしたような言い回しを使ってしまったが、職員なりに葛藤があるのだと感じられたからだ。
集会後、感じたこと、見たことを素直に書いてみた。師匠に見せたところ、見事なまでにボツにされた。「自分が感動したことをそのまま書けばいいんだよ。君が心を動かされた情景が読者にも追体験できるように言葉で再現するんだ」と。また厳しいことを言われてしまった。
沖縄にはある程度興味はあったが、正直言うと、どこか遠い世界の出来事とも思ってきた。しかし、師匠の影響を受けてか少し勉強してみる気になった。基地経済と言われてきた米軍依存の沖縄経済。米軍基地の返還によって雇用問題に不安はないのだろうか? 尖閣諸島など日本の領海を脅かす中国に対する防衛は大丈夫なのだろうか? 沖縄の人たちは政府に何を言いたいのか? 一部にある琉球独立論の真実味とは? 師匠に沖縄を取材するなど、大見得を切ってしまった私は、ソーキそばをかき込みながら途方に暮れていた……。