パレスチナ・ガザ情勢を読み解くⅡ
千葉大学教授(中東現代史研究) 栗田禎子さんインタビュー
2024/09/25
植民地主義と人種差別主義-イスラエルという国の性格-
ーイスラエルにのみ有利な「和平プロセス」に変質してしまったわけですね。ところで、イスラエルの意図はどこにあるのでしょうか? ガザ住民を根絶やしにする無差別攻撃との指摘がありますが、信じがたいとの思いもあります。
現実にイスラエルが今現在やっていること、そして、これまでにやってきたことから判断すべきだと思います。冒頭で述べたようにこの5カ月間の展開は、イスラエルがガザのパレスチナ人を根絶やしにしても構わないとの考えの下で軍事作戦を進めていることを実証しました。
イスラエルという国は19世紀末にヨーロッパで起きた「シオニズム」(=「ユダヤ人国家」建設運動)に基づいて建国された国家なのですが、運動初期に「民なき土地に土地なき民を」というスローガンが掲げられたことはよく知られています。「民なき土地に」という表現が示すように、入植する先に現地住民(原住民)がいることはそもそも想定されていないのです。万一原住民がいる場合は追放する、出ていかないのであれば、「民族浄化」に類することをやってでも根絶やしにする、というのが建国以来のプログラムです。
有名なのは、1948年のイスラエル建国直前にシオニスト武装組織がパレスチナのデイル・ヤーシーン村の住民を虐殺した事件です。女性や子どもを含む村民を殺戮したのですが、これは、それにより現地住民の間にパニックを引き起こし、パレスチナから流出・難民化させる計画のもとに実行されたのです。「ダーレット計画」という計画の一部を成す作戦でした。
建国を主導したシオニストの政治家たちは当時の国際社会に対し、建国後のイスラエルは欧米モデルに倣った「民主主義国家」となると宣伝していましたが、選挙で政権交代が行なわれる「民主国家」をつくるには、欧米からきた入植者が多数になるよう、予め国内の人口比率を調整しておく必要がありました。圧倒的多数の現地民衆(パレスチナ人)が存在していたら、選挙で負けてしまうからです。そこで、パレスチナ人の人口比率を下げるた めに虐殺や大量追放を計画的に進めたと言われています。集団殺害や住民追放は建国以来の一貫した政策でした。
その意味で現在のネタニヤフ政権は、イスラエルの建国以来のシオニズムのイデオロギーを最も凝縮した形で示している政権と言うこともできます。「パレスチナ人」という存在自体をそもそも認めないのは、イスラエル建国以来の一貫した姿勢です。1993年のオスロ合意に至って、イスラエル側は初めてPLO(パレスチナ解放機構)を交渉相手として認めたのですが、それ以前は「パレスチナ人っていったい誰? そんな民族いませんよ」というのがイスラエルの基本的態度だったと言えます。
現地の民衆の存在を徹底的に無視し、抹殺したり、あるいは隔離・差別したりするこのような体質はイスラエルだけでなく、実は植民地主義の歴史の中で生まれた入植者国家には共通の現象です。かつての南アフリカに存在した「アパルトヘイト」体制(白人支配層が現地民衆に対して行なった人種差別的な隔離政策)と現在のイスラエル国家の体制が類似していることはしばしば指摘されます。
―話を伺うほど、非常に複雑な問題だと再認識します。パレスチナ・イスラエル間には、占領の終結という課題に加え、エルサレムの帰属問題、入植地の問題、そして難民帰還権の問題があります。故郷を追われたパレスチナ難民が祖先の地に戻ることは不可能に近いのでしょうか……。
もちろん、イスラエルは、パレスチナ難民の帰還権の実現を何としても認めたくないでしょう。他方、国際社会は、パレスチナ難民の救済のために動いてきました。1947年の国連パレスチナ分割決議やその後のイスラエル建国に伴う第一次中東戦争の結果、多くのパレスチナ人たちが故郷を追われて難民化したことから、パレスチナ難民には帰還権があるという原則を認め、また難民が故郷に帰還できるまでの救済事業機関としてUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)を設立したのです。
今年(2024年)1月末イスラエルは、昨年10月の奇襲攻撃にUNRWA職員が関与した疑いがあると主張しました。事の全容が明らかになっていないにもかかわらず、アメリカをはじめ16カ国がUNRWAに対する資金拠出を停止し、日本も便乗してしまいました。パレスチナ難民支援の中心となっているUNRWAに対する資金援助停止は、ガザに対するイスラエルの「兵糧攻め」に加担し、ジェノサイドを助長する犯罪的行為なのですが。
深刻なのは、イスラエルが「今回の事態でUNRWAの中立性の欠如が明らかになった」などと主張してUNRWAという組織自体の解体を求め始めていることです。難民帰還権を認めないばかりか、「パレスチナ難民」の存在自体を本来は認めたくないイスラエルにとって、パレスチナ難民救済を正面から掲げるUNRWAは目障りな存在です。ですからイスラエルは、「UNRWAは解体すべきだ。UNRWAのしている仕事はほかの国連機関でもできる」などと主張することで、「パレスチナ難民」という問題自体を国際社会から消し去ろうと目論んでいる節があります。(続く)