沖縄から平和を願う
2026/03/05
私は沖縄県北谷町に生まれ、育ちました。北谷町は面積の半分以上が未だに基地です。
私の祖父母は皆、戦争の体験者で、父母ともに米軍統治下の生まれです。私は祖父母から戦争の悲惨さを伝えられてきました。しかし、今の沖縄は平和だと言えるのでしょうか。沖縄には、今もなお、多くの米軍基地があり、その中で、事件事故が相次いでいます。
2024年12月、米兵による性暴力の事件に抗議する県民大会が開かれ、私は若者代表としてスピーチしました。そのとき私は、「もう繰り返さない」という言葉を、未来のこどもたちへ希望を持たせるために使いました。
それは、私自身が、2016年のうるま市での強姦、殺害された事件の時に悲しみ、それでも繰り返さないという大人の言葉を聞いて希望を持ったからです。2016年、20歳の女性がウォーキング中に米軍属の男性に殺害される事件が起きました。しかし、その事件から10年が経とうとしている今もなお、私たちうちなーんちゅは同じことを言い続けています。
それはなぜか。日本に住む人達が平和な日々を送るその日は、沖縄では戦闘機が飛び続けています。日本の平和は沖縄の犠牲によって成り立っているのではないでしょうか。「平和」というときに、私たちは誰かを取り残していないか、自分たちが他の地域の平和に対して、責任はないのかということを今一度考えて欲しいと思います。
私は日米地位協定改正や沖縄のことを良くしたいと思い、そのために東京で学ぼうと上京してきました。しかしその私が学んでいる数年の間に、何度も何度も事件が起きてしまう。その被害者をなかったことにしてしまっていたのではないかと、自問自答する日々でした。私も東京にいる1人として、沖縄のことを見ないことが出来る1人として、自分の行動に責任を持ちたいと思います。
基地問題や日米地位協定の問題は沖縄の問題ではありません。沖縄のことに矮小化している日本の問題、ひいては私たちの問題だと考えております。騒音で授業が止まることがなければ、沖縄の米兵の事件を聞くこともない、そのような日々を送れていることが沖縄に基地を押し付ける私たちの特権なのです。
最近は高市さんの存立危機自体の発言により、台湾有事というものが現実味を帯びる言論となりました。そもそも戦争を仮定することに戦争体験者の子孫として悲しく思うと同時に、その言論があたかも正当なものであるかのように扱われ、戦争を仮定するという言論によって沖縄の人々はずっと苦しんできました。
私の家族は父方は沖縄本島と、母方は石垣島にいます。石垣島では自衛隊配備が進められ、さらには島外避難が計画されています。そして沖縄本島にも米軍基地が多く存在しています。真っ先に戦争となれば狙われるのはどこでしょうか。軍事力が集中しているところです。日本ではつまり、沖縄の島々です。私たちは沖縄戦という悲惨な戦争を経験したはずなのに、また日本を守るために戦争の最前線に立たされています。
そして、同時に私たちは誰かを傷つける加害者にもなりたくありません。ベトナム戦争のときには、私の住む町にある嘉手納基地からB52がベトナムで多くの人を殺しました。そのために沖縄は「悪魔の島」と呼ばれることもありました。私たちは、沖縄戦で被害にあっただけではなく、基地があることで同時に戦争の加害者にもなってしまっているのです。戦争に参加するということは、私たちが戦争に巻き込まれるだけではなく、同時に他の国の人を殺す加害者にもなるということです。
基地があること、軍隊がいることは、戦争の準備であることを今1度認識する必要があります。
高市さんの発言を受けて、多くの人が怒っているのをみて感動する反面、正直、今に始まったことではないと思う自分もいました。高市さんの発言で「初めて怒れる」というのもまたひとつの特権であると痛感しました。沖縄ではもう既にずっと前から戦争の足音が聞こえ、戦前と言われるような状況が作られています。再び戦争をさせない為に、新たな基地建設を毎日辺野古で座り込み、止めている人もいれば、石垣島でも住民投票を行おうとしたり、平和外交を築こうとしています。
その人たちに目を背けないで頂きたいです。
戦争体験者の祖父母から学んだことは戦争はなにもないところから始まらないということでした。国民が洗脳され、軍備増強が始まり、対立、差別を煽り、戦争に繋がります。今の社会も差別が蔓延しており、そのことにも恐ろしいと感じます。沖縄戦ではうちなーぐちを話すだけでスパイと見なされ、殺された人たちもいました。
私たちは同じ日本人という枠にいながらも、差別された歴史があります。それが今は構造的差別という別の形で差別が続いています。自分たちは差別していないと思っている人にこそ、沖縄のことを考えて頂きたいです。沖縄のひとの権利を、民主主義を日本が奪わないために何ができるのかを、私も東京に住むひとりとして問うていきたいです。
私は戦争を体験した祖母にもう戦争を経験させたくありません。戦争を起こすのも人間で、止めることができるのも人間です。
身近にある戦争の種をなくしていき、平和の種まきをしていきたいと思います。
戦争に繋がるあらゆることに反対します。みるくぬゆぐとぅ、ないしにがてぃ。平和な世を願って。