パレスチナ・ガザ情勢を読み解くⅢ
千葉大学教授(中東現代史研究) 栗田禎子さんインタビュー
2024/09/25
アメリカの出先機関-イスラエル化する日本-
―それにしても、なぜアメリカはじめ欧米諸国は、イスラエルの暴挙を止められないのでしょうか?
よく指摘されるのはアメリカ国内の「ユダヤ・ロビー」の存在ですが、これは表層的な捉え方だと思います。むしろ、イスラエルという国が、20~21世紀の中東においてアメリカをはじめとする先進資本主義諸国にとってどのような役割を果たしてきたかという点に注目すべきだと思います。
イスラエルという国は、そもそもは第一次大戦後、当時のイギリス帝国が中東経営の都合上、パレスチナに欧米から移民を受け入れて「入植者国家」建設に着手した(その過程でシオニズム運動を利用)ことに端を発し、第二次大戦を機にパトロンをイギリスからアメリカに替えて1948年に建国に至ったわけです。以降、冷戦期の中東において米国をはじめとする先進資本主義諸国の政治的、経済的、軍事的利害を守る「前哨基地」、いわば出先機関のような役割を果たしてきました。具体的には、長らく植民地支配下に置かれてきた中東で、1950~1960年代に先進諸国からの政治・経済・軍事的な自立、主権回復を求める動き、独立運動や革命の波が起きた際、これを潰す役割を任されたのがイスラエルだったのです。
たとえば19世紀末以降イギリス占領下にあったエジプトでは、1952年に革命が起き、イギリスの傀儡だった王家の打倒と共和制への転換、スエズ運河国有化、英軍撤退実現、非同盟運動などの成果をあげたのですが、この革命を潰すために欧米諸国がイスラエルをけしかけて起こしたのが、第二次中東戦争や第三次中東戦争です。1956年の第二次中東戦争は、ナセル政権がスエズ運河を国有化したのをきっかけに、革命政権打倒をめざした英・仏・イスラエル三国が共同でエジプトに軍事介入した戦争です。1967年の第三次中東戦争もやはりエジプトのナセル体制を潰す目的で、冷戦期のアメリカの世界戦略に沿う形でイスラエルが実行した「代理戦争」と言えます。
イスラエルは建国以来、中東において、米国をはじめとする先進諸国にとって非常に便利な存在であり、また、今後もそういう役割を期待されています。だからこそ欧米諸国は、イスラエルの行為を容認し、放置するのだと考えられます。
―ところで、日本の中東外交の現状をどうお考えでしょうか? 今の日本では、イスラエルを支持すると右派、パレスチナを支持すると左派のように色分けされます。
それは、現在の日本がアメリカの軍事戦略に完全に取り込まれつつあることの表われでしょう。いま日本では「右」を自認する人たちはイスラエルを支持し、パレスチナを支援する勢力に「左」のレッテルを貼りますね。しかし、日本の右派は、アメリカがイスラエル支持なので自分たちもイスラエルを支持している、というのが実情ではないでしょうか。中東の現状を深く考えたことがあると言うよりは、外交政策はすべてアメリカに揃えておけば問題ない、という「思考停止」状態に陥ってイスラエルを自動的に支持してしまっている傾向があるように感じます。
日本は本来、「シオニズム」を生んだ欧米独特の歴史的・文化的コンテクスト(ヨーロッパにおける「ユダヤ人問題」利用の歴史)とは異なる立ち位置にあり、また戦後は平和憲法の下で植民地主義や戦争と絶縁したため、実は冷静・客観的にパレスチナ・イスラエルに向き合える条件があるはずなのです。振り返れば、戦後日本が日米安保条約により基本的にアメリカの強い影響下に置かれる中でも、中東外交については例外的にバランスが取れていた時期もありました。例えば、1973年、二階堂進官房長官は、イスラエルに対し、第三次中東戦争での「全占領地からの撤退」を要求し、国連憲章に基づくパレスチナ人のすべての権利を擁護すると明言する、いわゆる「二階堂談話」を発表しました。パレスチナ問題の公正な解決を求める姿勢を明確に示したのです。
―自民党政権がそこまで踏み込んでいたとは驚きですね。なぜその後大きく様変わりしたのでしょうか?
大きな変化はやはり冷戦終結後、特に9・11後です。アメリカが「テロとのたたかい」の名のもとに一連の対中東戦争に着手したのに対し、小泉政権は全面的支持を表明しました。アフガン戦争の際にはインド洋に自衛隊を派遣して給油活動を行ない、イラク戦争後はイラク本土に自衛隊を派遣して米英による占領に加担するなど、アメリカの戦争と歩調を合わせる形で自衛隊の海外派兵も拡大しました。その集大成として2015年にはアメリカの戦争に世界中で協力することを可能にする安保法制を成立させ、それをより強化するため、2022年末には安保関連3文書を定めて敵基地攻撃能力を持とうとしています。完全にアメリカの軍事・対外政策に取り込まれつつある状況です。
重要なのは、一歩間違えると、イスラエルがアメリカの世界戦略に沿って中東で担っている、その同じ役割を日本がアジアで引き受けてしまうことになりかねないということです。「今日のイスラエルは明日の日本」かもしれないということを認識すべきです。このままアメリカとの軍事・外交面での一体化を強めて「東アジアにおけるイスラエル」のような存在になってしまうのか、平和憲法の初心に立ち返って戦争には加担しないという立場を貫くのか、中東外交だけでなく、日本の対外政策全体を見直すべきではないでしょうか。
―私事で恐縮ですが、私はこの10年間沖縄をずっと取材してきました。話を伺っていると、イスラエル・パレスチナ関係は、日本と沖縄の関係に近いものを感じました。アメリカにすり寄る日本政府、アメリカ軍基地に土地を奪われてしまった沖縄の人たちは、帰る故郷を失ったパレスチナに通じるものを感じます。
その意味では、日本はイスラエルでもありパレスチナでもある状況です。ご指摘のとおり、基地を造られてお墓参りもままならない状況の沖縄の人たちと、先祖代々の土地を追われて難民となったパレスチナの人たちは同じ問題を抱えていると思います。故郷を追われたパレスチナ人があくまで祖先たちが畑を耕し、オリーブの木々を育ててきたパレスチナに帰りたいと願い、自分たちはそこでしか生きられないと主張するのは、人間として自然な感情であり、沖縄の経験に引きつければ理解できるのではないでしょうか。
反面、東アジアにおけるアメリカの「基地国家」になりつつあるという点では、日本はイスラエルでもあると言えます。
―昨年12月10日、国会正門前でガザ即時停戦を求める集会が開かれました。特にパレスチナにルーツを持つ若者たちの訴えの熱量には圧倒されました。
パレスチナ人の青年たちの訴えは、自らの存在自体が脅かされ、消し去られようとしていると感じたときに人が発する、最後の叫びであるように感じます。ガザの惨劇を前に世界が手をこまねいている中、いまパレスチナの人々は世界中から「君たちは死んでもいい。君たちが死んでも、僕たちは全然気にしないよ」と言われているような気がしているのだと思います。
ただ実は同じことは、原爆を投下された広島の人たちも感じたはずで、ヒロシマ・ナガサキを経験した日本国民はガザと同じジェノサイドを経験してきているのです。事実、いまガザの人々からは「我々もヒロシマのような状況を経験している」という声が聞かれます。通常兵器か核兵器かという違いはありますが、住民全体が殺戮され、人間としての存在を否定されるという状況は共通しているのです。
だから私は、実は日本国民もヒロシマ・ナガサキで、あるいは沖縄で、ガザで起きているのと同じことを経験してきたのであって、だからこそ日本の被爆者が上げた声、人生をかけて取り組んだ運動が原動力となって核兵器禁止条約が成立したのだと考えています。
日本はかつて東アジアで侵略や植民地支配を展開した国であると同時に、戦争の究極の姿としてのヒロシマ・ナガサキを経験した国でもあります。また沖縄では占領というパレスチナと共通する経験をしていると同時に、現在はアメリカと急速に軍事的に一体化して東アジアにおけるイスラエルになりかねない状況でもあります。矛盾に満ちた存在、両極端を経験してきた国民だからこそ、実は平和を守るための大変な熱量を持っているはずだと思います。その感覚を蘇らせていくことが大事だと思います。