社会運動の歴史を書くことについて。
2026/02/19
社会運動の歴史を書くことについて、いくつかの道
受け取ってしまったものがあるんだと思う。受け取ってしまったものがあって、だから、それを考えてしまう。考え続けてしまうと言ってもよい。受け取る人と、受け取らない人がいて、受け取らない人が悪い訳では無くて、たまたま(なにかを)受け取った人はそれを書くことになる。
社会運動の歴史を書くことについて、大きく二つあるはずだ。第一に、自分がそれにかかわっていたから書くということ。第二に、受け取ってしまったから書くということ。
自分がある社会運動(それは単発的な闘争であるとしても)に関わっている、いたとして、その多くはどこかで行き止まりがあって、立ち行かなくなったりする。だいたいの運動はそうだ。運動というものに本質的なものであるとさえ思う。そのときに、それを書こうとすることがある。それは、書かれるべきだと思う。そういうふうにして書かれたものを私はいくつも知っていて、それはひと言では言えないような、心を打たれる文章であったりする。
こうやって整理してみると、私はそうではない。すくなくとも、私は直接的に障害者運動というものに関わってきたわけではないし、自分のやってきたことを書いているわけではない。繋がってはいると思うけれど。それでも、何か受け取ったものがあるのだろうし、受け取るべきだと思ってしまったものがあるから、それを書いている。書いていると言うよりも、考えてしまっている。
私はなぜ書いているのか
私は地方都市で生まれて、周りに大学に行った大人というのはいなかった。詳しくは書かないけれど、高校に行くことでさえ、半分はそうだ。だからなのか、私は、自分が大学に行くとは、高3くらいまで、思っていなかった。新潟が東京に通じているとも思っていなかった。なにかこう、壁のようなものがあって、それで切り分けられた、こっち側の世界だった。思っていなかったというのは、自分が生きていった先に、大学なるもので何か勉強をして、さらにいえば何かものを書くということがあるとは思っていなかった。思えていなかった。だから、こうやってこの文章を書いていることも不思議だ。
物を書くということが、なにか、頭のいい人の、勉強した人(私はいつも「勉強させてもらえた人」、だと思う。これはまるでルサンチマン丸出しだが、そう思ってしまう)だけのものにしたくないと思う。闘わざるを得ない人はそういう人だとも思う。障害者運動で、闘わざるを得なかった人たちは、(学校で)勉強させてもらえなかった人たちだった。だから、そういう人たちに私は共鳴する部分があるのかも知れない。私はとくに教育の場から排除されることをどう考えるかということに、結局こだわってしまった。それを考える気はなかったが、私がこれまで書いたものを見たら、結局そうなっている。
とはいえ、私は、生まれ育ったあの、海のあるあの街の風景を忘れられずにいて、その忘れられずにいるあの街というものが、私が障害というものを考えるようになった契機であった。そのことに最近になって気がついた。その街には障害者が数多くいて、それはその街の歴史とも不可分のものだった。そのことをきっと私は知っていたのに忘れてしまっていた。まだほとんど誰にも書かれていないその歴史の一部分を、私は少し論文に書いてみた。だが後回しにしてしまってもいる。いずれきちんと書きたいと思う。
もっとあってもよいと思う
いま、その論文を含むより大きな博士論文を書いていて、私が受け取ったものを書こうとしている。それは、普通には知られている(イメージで言えば教科書に載るような)歴史ではなくて、今で言えば「インテリ」しか知らないような――こんなにも大事なことをその「インテリ」の多くが、いつしか忘れてしまったらしいのだが――とてもとても複雑な文脈に置かれているものだ。戦後民主主義と言って見てもいいだろうし、ある人たちは「68年」とそれを名指しているのだが、それを私が書くことになるとは思っていなかったし、今でも不思議だというほかない。私はいつのころかそういう文脈を理解できるようになって、それはほんとうにたまたま理解できるようになって、そういうふうにして障害者運動と呼ばれるものを受け取ってしまったんだと思う。そういうふうにして障害者運動を受け取ってみることで別の見え方がある、ということを書いている。それは少なくとも私にとっては、(私が)息をしやすくなるような発想を含んでいて、きっと多くの人にとってもそうだと思う。そうだと思うから書けている。
繰り返すようだけれども、なにか受けとめてしまって、そこにとどまって、それを考え続けてしまうことが偉いことだとは思わない。忘れてしまう、通り過ぎてしまうことのほうだって多い。通り過ぎてしまうことを気負う必要もないと思う。それは普通のことだ。
でも、そういうふうにしてそれぞれが受け取ったものがあるのだとしたら、書いたらいい。きっと大したものにはならない。大したものではないことは我慢する必要はある。だけど、そういうふうにして、ある意味では全くつまらないような細々した歴史を(調べて)書くという選択肢があってよいと思う。なくてはならないと思う。少なくとももっとあってよい。私はほかの人よりも、強くそう思っているようだ。義務のようであり、負い目のようなものでもあると思う。それを書くことがなにか誰かを解放するとか、誰かの役に立つとか、そうやって書くことで、私自身、これを書いている筆者自身を認めてほしいというような気持ちもある。そういう複雑な位置にとどまって書かれたものを私はよいものだと感じる。そうやって物が書かれていってほしいと思う。伝わるかわからないけれど、伝わってほしいと思ってこれを書いた。
このメディアを「やっている」という茂木さんも、そうやってなにかを受け取ってしまったんだと思う。それで、私は全くそういうことはだめなのだが、物事をうまくやることに明らかに長けている茂木さんは、踏みとどまりながら、絶妙なところで物事をやっている。そのように私には見える。このメディアも、そういうバランスのうえに立っていて、茂木さんに「若者が社会運動史を書くことについて書いてみてほしい」と言われて、こういうことを書いた。書いたと言うよりも思い浮かんだから、このような言葉になった。
◇障害者運動の歴史を知りたい人には、まず次の二冊を勧めたい。
・安積 純子・尾中 文哉・岡原 正幸・立岩 真也 1990 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』,藤原書店
この本は生活書院から文庫版(2012)が出ているので、比較的入手しやすいだろう。まずこの本から読むことを勧める。
・山下 幸子 2008 『「健常」であることを見つめる―一九七〇年代障害当事者/健全者運動から』,生活書院